11月7日(水)に第6回口頭弁論期日、12月5日(水)に裁判所が選任した専門委員である京大名誉教授の内山巌雄氏を交えた口頭弁論期日(正確には弁論準備手続き。原告のみ傍聴可能)がそれぞれありました。以下では、1で直近の12月5日の期日を中心に当日の議論の様子を紹介します。2では、今後の展望についての明日香の個人的な見方を簡単に述べます。
1.各期日でのやりとり
<11月7日>原告側の仙台PSからのPM2.5排出による死亡者数推算についてのプレゼン
仙台PS稼働による死亡者数の推算に関して、明日香が1時間半ほどパワーポイントを使ったプレゼンをしました。主な内容は、「大気汚染死亡者数は、大気拡散モデルであるCALPUFFによる大気汚染物質濃度上昇量の計算、疫学知見に基づく死亡率の上昇割合、実際の曝露人口の3つによって推算します」という話です。ただし、今回は、その推算結果の信頼性に対しても、新たな証拠(別の大気拡散モデルMETI-LISを使った検証)に基づいて詳しく説明しました。これらによって、それなりに論理的に、推算結果が信頼できるものであることを示したつもりです。
<12月5日>被告側の内山専門委員への質問
第三者的な専門家として裁判長に意見を言う専門委員は、本裁判において非常に重要な役割を担うと思われます。その専門委員である内山氏は、大気汚染の疫学および健康リスク評価の専門家で、政府のPM2.5対策関連の委員会の委員長などを歴任している第一人者です。関西在住で、仙台に来ることができないため、テレビ会議システムを使っての参加でした。当日は、事前に被告側と原告側がそれぞれ提出した内山氏への質問のうち、被告の分だけで2時間半の規定の時間が終わってしまいました。なので、原告側からの質問は次回(1月16日)に持ち越しとなりました(原告側の質問内容は後述)。議論の争点および私が気になった点は次の4点です。
1)PM2.5の健康影響の有無
被告側(訴訟代理人の弁護士)は、仙台PSによるPM2.5排出がもたらす健康影響を矮小化する目的で、「日本人と日本人以外は健康影響の受け方が違う(日本人は影響を受けにくい)のでは?」ということを内山氏に質問しました。それに対する内山氏の回答は、9年前の日本でのPM2.5の環境基準制定の時の議論や被告が引用している過去のインタビュー記事での内山氏の発言(「日本での健康影響に関する疫学研究の結果は欧米での疫学研究の結果と違う」)を若干引きずっていることを感じさせるような内容でした。内山氏の念頭にある日本での疫学研究は、「PM2.5の長期曝露影響は、肺がん死亡には関係していたけど、循環器系疾患死亡とは関係が見られなかった」というようなものです。しかし、この研究に関しては、研究デザインに問題があったという指摘もあります。
2)PM2.5の閾値の有無
被告は、原告の「PM2.5の健康被害には閾値(これ以下であれば健康被害はないというPM2.5濃度の数値)は存在しない」という主張を否定する目的で、内山氏に対して「閾値はあるのか」という質問をしました。これに対しての内山氏の回答は、「発がん性を考慮すれば、PM2.5全体では閾値はないものの、個別の構成要素ととなると複雑」という少々不明瞭なコメントでした。
3)環境行政との違い
被告は、仙台市などでのPM2.5濃度は環境基準以下だから問題ないということを言うために、内山氏が関わった日本でのPM2.5の環境基準の設定方法などについて質問をしました。これに対して、内山氏からは、今でもご自身が関わっている環境行政の観点からと思われる発言があり、その中には、リスクを確率で示して、PM2.5による被害があまり大きなリスクではないような印象を与えるようなものもありました。
しかし、環境行政の話と、この仙台での石炭火力の裁判の話は全く違うものです。すなわち仙台の裁判では、特定はできないものの、原告あるいは原告の近くに住んでいる人が、新たに毎年数人が確実に死ぬというリスクが問題であって、内山氏が政策立案者として関わっていた日本全体の環境行政におけるリスクとは種類が違います。このことを内山氏に伝えながら、同時に裁判長にもわかってもらうことが重要と思われます。これに関しては、実際に、世界における多くの石炭火力裁判(例:米国、ポーランド、ケニア、インドネシアなど)において、それぞれの原告が提出した訴状の中でPM2.5死亡者数の推算が証拠として使われていることなどを示せば、すこし変わるように思われます。
4)権利侵害および因果関係
「どのような原告の権利が侵害されているのか?」「大気汚染に健康被害に関する集団的因果関係と個人的因果関係との関係は?」なども議論になりました。これらは避けて通れないものであり、次回でも主要な争点になるかと思われます。
2.今後の展望
原告側は内山氏に対して、すでに以下のような質問を裁判所に提出しています。
◆質問1:PM2.5に関しては、発がん性を含む健康被害影響が問題となっており、国際がん研究機関(IARC)は、遺伝毒性や疫学的な観点などからグループ1(発がん性がある)に分類しています。このようなPM2.5による健康被害に閾値濃度はあると考えますか?
◆質問2:日本における最近のPM2.5濃度の減少傾向、国内外におけるPM2.5の健康リスクに関する知見の増大などを鑑みて、日本国民が受ける健康被害の低減という意味では、WHOの指針も参考にして、米国と同様に日本でもPM2.5の環境基準を引き下げる(厳しくする)方が、研究者としては望ましいと考えますか?
◆質問3:(世界保健機構WHOなどによる)Global Burden of Diseaseプロジェクトなどでの大気汚染による死亡者数計算の方法論は妥当だと考えますか?
◆質問4:Global Burden of Diseaseプロジェクトと同じ方法論を用いて原告側が計算した仙台PS稼働による死亡者数等の計算は妥当だと考えますか?
◆質問5:国際社会では、地球温暖化対策や大気汚染対策へのより積極的な対応の必要性がコンセンサスとなっており、多くの先進国が石炭火力発電所の具体的なフェーズ・アウトのスケジュールを決めています。一方、日本は先進国で唯一、新たな石炭火力発電所の建設が大規模に進められています。環境問題の専門家として、このような現状を日本のあるべき姿として考えますか?
なお、大気拡散モデルの専門委員に関しては、原告側が推薦した大原利真国立環境研究所フェローを裁判所としても選任する方向で動くことになりました。正式な決定は先ですが、大気拡散モデルによる濃度上昇値の評価は非常に重要なので、専門委員の役割が注目されます。